2010年05月26日

山の手 大空襲

65年前の 山の手大空襲は 2晩 続いて 今でも まざまざと 覚えています。 父は この時 犠牲になったので 忘れられません。 ゴルフの球に当たって死んだら本望と言っていた父は 孫娘が 人工栄養でしたので 千葉の ゴルフ場の近くまで 牛乳を 買いに行き 帰途空襲に出会い 焼夷弾の破片にあたり なくなったのです。 一升瓶の牛乳が そばにあったと 聞きました。
毎日 宮崎の ニュースに 涙をながしていますが 戦争になれば もっともっともっと 悲惨なことが 毎日 起こるのです。 兎に角 戦争は絶対にしてはいけない。 平和を祈るだけ。


posted by chameko | 東京 ☁ | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
 お父様を空襲で亡くされたんですね。
お孫さんのために、優しいお父様だったのですね。chamekoさんがおっしゃる平和の大切さ、すごく心に響きます。
Posted by boku at 2010年05月26日 19:44
bokuさん こんばんは コメント有難うございます。平和を祈るのみです。  
bokuさん のブログとても楽しみです。
Posted by chameko at 2010年05月26日 23:50
行動的で茶目っ気たっぷりの明るいchamekoさんにも戦争の悲惨さは今もなお重くのしかかっているのですね。
お孫さんの為を思って命を落とされたなんてほんとうに痛ましいです。
父も戦争は悲しく惨めであったと言ってました。
Posted by りょう☆ at 2010年05月28日 14:27
りょうさん コメント 有難うございます。いよいよ
体験者が少なくなっているのですが 兎に角 戦争は 嫌です。 あの時の 姪も 19年生まれですから 66才になって 孫も います。 
  
Posted by cameko at 2010年05月28日 17:54
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